サロメ角田 − このカリスマ・トルコ嬢は名前どおりサロメだったのか?

aa604a27.jpg彼女が初の顔出しトルコ嬢としてブラウン管に登場していたのは1970年代なのであろうか?
トルコ風呂がソープランドと自主改称したのは1984年のことである。

さて、この(当時)トルコ風呂が昭和30年代以降の日本風俗史上いかに大きな位置を占めていたかは、これもヒット商品であるアメリカ俗語辞典の頁の割きかたを見れば分かる。
つらつら捲るに。
当時は影も形もなかった現在のSMクラブを含むところの、ありとあらゆるエロ系接客サービスは、ここで行われていたようである。
原型においては、どのようなサービスが行われていたのか?
スペシャルサービスという陰茎マッサージ、今日でいうとこの手コキである。それが段々とエスカレートして春をひさぐ場ともなるのであるが…

そこらの詳述は本ブログの守備範囲でないので、心理考察に移る。
野坂昭如『エロ事師たち』の中に興味深い箇所がある。主人公スブやんとトルコ嬢との会話だ。

「マッサージ台の上ねころんで、まあいうたら赤ん坊みたいやな、すべてもうあちらまかせで……スペシャルは、つまりやな、あれはお母はんにしてもらうような感じでなかあかん」
「お母はん? なんでお母はんがでてくんねな」
「お母はんの愛情ちゅうもんは、こうなんちゃうたらええかな、サービスええやんか……スペシャルで男が往生するやろ、そのときにイヤーやらアラアラやらいうて女がタオルでふきますわな。あの時、なんやお母はんによう似とる思うねん。男はもうその時必死やで、なんやらしらんけどすがりついとるわ、そやけど女はまるでへっさらでおる、それがどうもお母はんと赤ん坊の関係みたいなんやな」

なんと…
今日でいうとこの男性受けと呼ばれる世界、どんぴしゃりではないか!
だが…
昨今では『M系』などと商業主義によって冠される、手コキ、男性受け、であるが、(本質的には)SMとは別物だ。

野坂がスブやんに言わせているように、むしろ母子姦の方向に心理が向いているといえよう。
母子姦という別座標の倒錯だ。
その限りにおいて、母親が自分の息子に向けるようなサディズムが介入する可能性はある。
そして、母親たるトルコ嬢は、そのことに全く無頓着だ。これも劇中のトルコ嬢が見事に証言してくれている。

さて、本稿・サロメ角田も往年において、何千何万のスブやんたちの母親であった。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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