祝融夫人 (中国・三国) − 火の神の末裔と称する武勇の王妃

2a9188d4.jpg三国志の祝融夫人は演義にのみの登場となる。
南蛮王・妄獲の妻である彼女は、諸葛亮に負け続ける夫や自軍に怒り、自ら蜀軍と戦う女性として記録に名を残す。
このように男勝りの性格で飛刀の使い手とされ、体格や体力もまた男以上としていわれる。

概ね、このような書かれ方をする祝融であるのだが、柴錬三国志では少々様子が異なる。
登場時は他と同様なのだが、段々大人しくなっていくのだ。
そして、木鹿大王が援軍に駆けつけたときの景が特筆ものである。
下世話にもいうところの最大級の歓待に「女房を抱かせる」ということがある。妄獲はそれをしてのけるのだ。
評判の美女且つ大女を夫の目の前で犯すという背徳感も手伝い、野獣のように猛る木鹿とは対照的にマグロ状態の祝融。
彼女のこころにあったのは二人の男のいずれでもない、諸葛孔明、という物語になるのであるが。

非常に官能的だ。
そして、本ブログとしては是非とも検証すべき3者の心理である。
一言で括ってしまえば、男というものは子供だ、ということになるのであるが、先ずは妄獲。
これは、只の悪戯心だけで話は仕舞だ。
そして木鹿と祝融であるのだが、前稿のスブやんとトルコ嬢の例に似ているのではないか?
男は必死、女はまるでへっちゃら…
しかも、本稿の木鹿は受身ではない、男性性の本質に倣い攻撃的性行為に及んでいるのだ。
にも拘らず、祝融は全くの『へっちゃら』、愈愈『(赤ん坊に接する)お母はん』である。
柴錬三国志に描かれる祝融は、武勇よりも閨房術に長けた女傑であった。

さて、敢えて冒頭断らなかったことだ。祝融夫人というのは多分架空の存在…
しかし、一向に構わぬ。何となれば、孔明南蛮行自体が(あったかどうかも)疑わしい史実なのであるから。
七縱七禽… 少数民族の間では、七度捕らえられ七度放されたのは孟獲ではなく孔明だったということになっている。
いずれにせよ、演義で語られる戦いと実際のそれとは大いに温度差がある、これだけは事実であろう。

孟獲が首長をつとめた南蛮、即ち少数民族は漢人と見かけでは区別ができない容貌である。
そして、行き来も盛んだ。実際孟獲自身も若き日は都で勉学し、南蛮行の後は蜀の官吏も務めているし。
人とは、そんな僅かな特性上の差異を見出し、その差異を理由に相戦う生き物なのである。




 注* 本日、元記事にはないおまけ動画を追加しました。(8/13)

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わああぁぁぁぁ!!! 番頭様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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