山田みつ子 − 音羽の幼女殺しは本当に『お受験殺人』だったのか?

69b79956.jpg件の事件が起きたのは、平成11年のことだったか。遠い遠い歴史上の出来事と錯覚させられるのは、大方は近頃の社会報道のせい?
そう… 
彼女と同じく我が子のために不条理な殺人をしてのけた飛鳥時代の母、鸕野讃良 (持統天皇)と同じくらい、遠い遠い昔に起きた歴史上の出来事になってしまった。

で、本稿で検証すべき内容は副題のとおりだ。
そして答えは至極簡単、明らかにNOである。
いうまでもなかろう。母親が他所の子供を殺したとあったら受験も糸瓜もなくなってしまう。
みつ子の子供にすれば、全く迷惑至極な母親の蛮行だ。

しかるに。
彼女が子供のためを思ってという心がなかったかという問いになると、これまた答えはNOであろう。
矛盾、それこそ幼児にすら理解しうるくらい分かりきった大矛盾…
この矛盾こそが、母親性そのものであり、また旧来女というものが爆発させ続けていた女性型サディズムの極例であったと結べよう。

ここに興味深い中国古典大衆小説がある、いや別ブログでも俎上にあげたのだが。
西遊記、その火焔山の段である。
女魔・羅刹女は、主人公である悟空を息子・紅孩児の仇とののしり、文字通り羅刹の形相で打ちかかる。
その実は紅孩児は、悟空の仲立ちで観音菩薩の元で修行しているのであるが、いくらそう説明してやっても分からない。
いや女魔は、(それが道理と)分かっているのだ。
分かっている、頭で分かっているから余計に腹立たしいのである。

子供をもったことはないものの論者もまた女、羅刹女の気持ちはそれなりには分かる。
勿論、『頭で分かる』方の分かる、であるが。

迂闊である、書き忘れていた。俗説によれば…
男は頭を中心とする円形思考、女は頭と子宮を二心とする楕円形思考なのだそうな。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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