林郁夫 (宗教名 クリシュナ・ナンダ) − 13人を殺しながら国家に命を保証された男

f60f24e1.jpg昨日、世間の注目の光・母子殺害事件、最高裁判決が出た。
判決内容について逐一述べることを目的としない。
また、屍姦症の典型ともいえる当該事件加害者の心理分析も、この稿の目的とはすまい。
よって、番外篇に位置する本稿である。

さて、かの最高裁判決を前に法曹関係識者たちは色々と意見を述べていた。
法廷とは刑事被告人の量刑を決める場であって、事件究明の場でもなければ、ましてや被害者の仇討ちの場ではない。であるからして、報道や被害者感情その他の状況に左右されることなく、独立独歩、公正無私の立場から判決を下すべきである…
将にそのとおり。愚見ととってもらって結構。
犯人加害者の改悛度合いは量刑に(過度に)加味するべきではない…
我が意を得たり! 犯した(とされる)犯罪を裁くのだから。
一々ごもっともな意見がブラウン管を賑わしていた。

ならばだ。
何故それを10年前、かの人物の裁判の折に述べなかったのであろうか?!
林郁夫、本稿主役の法廷の折にである。

このオウム医師は、地下鉄サリン事件・公証人役場事務長拉致事件において、13もの人命を奪った。
しかるに、確定した判決は無期懲役。いや、あまつさえ。
検察は初手から死刑を求刑しなかったのである。
人の命を救うのが仕事である医師が… 分別盛りの教養人が…
だから私、あんまりぐちゃぐちゃ言いたくない。見れば分かるでしょう?、バカバカしいですよ、こんなの! それこそ、この一言であろう。

殺人、人が人を殺す、この世の中にこれほど卑劣なことはない…
胡桃沢耕史『翔んでる警視』の主人公・岩崎白昼夢が、連載初回登場の折に述べた言葉だ。
殺人こそがサディズム暴走の極…
そして、論者も前稿で、こう論じた。

一口に刑事犯罪と括らず、人命を奪ったものとそうでないのは分けて考えるべきではないのか?
勿論前者には厳罰を。
被害者の肉体も精神も未来永劫消滅させてしまったされる被疑者なのである。

ここで留意しなければならないのは。
死刑というのは、攻守ところ代え今度は、国家権力が被告人の命を奪う行為である。
だから、万万が一にも冤罪ということがあってはならない。
逆に言うならばである。
人殺し犯人の法廷において関係者がすべきは、この一点のみではなかろうか?
被告人の改悛度だとか、被害者感情だとか、世間の関心度だとか、それが主眼ではない、主眼であってはならないはずだ。

幸い情報システム環境や技術の飛躍的な進歩によって、冤罪判決が起こりうる可能性は格段に少なくなっている。
であるなら、検察や裁判所は死刑の英断を…
被告人は、理不尽にも他人の命を奪った者である。(少なくとも一時は)自らの命をもって償わなければいけないという認識にならねば、ならさねば、道理が引っ込むというものだ。




posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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