花や今宵の

山桜開口一番話しましたように、花札というのは大変美しいカルタです。
ゲームとしてもルールは簡単で覚えやすく、それでいて奥が深い。僕たち日本人が愛し熱中してきたもの当然と言えるでしょう。
でもまあ、余り熱くなるもはいけません。いつまでもいつまでもきりなく続けるのは考え物です。
一年12ヶ月と決めたら、きっぱりそこで終わりにする、博打の道具に使うなど論外です。
そうですよ、勝っても負けても恨みっこなし、パッと咲いてバッと散る桜の心に学ぼうではありませんか。

と、滅びの美学を話したのは、投稿日ベースで3日前。
三日見ぬ間の桜はどうなりましたかねえ?
マゾヒズムに花札を! の根幹とも言えるべき滅びの美学です。
実際は日付は開きましたが、その続編といきましょう。

    行き暮れて 木の下陰を 宿とせば 花や今宵の 主ならまし

前にご紹介した平忠度の歌。
出典もすばり、平家物語<九・忠度最期>です。
清盛の弟・薩摩守忠度は名高い歌人だったんですよねえ。

一の谷の戦いで敗れて落ちて行く途中、忠度は岡部六弥太(オカベノロクヤタ)に討たました。
六弥太は最初は討ち取った相手がだれなのか分からなかったんですよ。
と、箙(エビラ)に結びつけてあった書き物を取って見ると、「旅宿の花」という題でこの歌。
岡部六弥太はこれで討ち取った相手が薩摩守であることを知るのです。

箙に歌を手挟んであったことからすれば忠度は、戦の前から死を覚悟していたに相違ありません。
でもですよ。
決して生を投げ出していたわけではないですよ。
見てください、この歌、

 「ゆきくれてこのしたかげをやどとせばはなやこよひのあるじならまし」

旅の途中で日が暮れて、桜の木の下を宿とするならば、花が今夜の宿の主人となり、もてなしてくれるであろうか。

ね? 辞世の類ではないでしょう。
事実鉄漿貴族のなりをした忠度は、昔とった杵柄、柔術まで駆使してあわやというところまで六弥太を追い詰めるのです。

最後の瞬間まで命の限りに戦った、だからこそ死の安定がおとづれる、そして滅びの美学として人のこころを打つのではないでしょうか。

と、この言い回し、



某国営放送ではやらなかったシーン

を全文丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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