三は菅原

じょじょ三月の節句に関する話題をもう一稿。
意識したわけではないのですが、実際記事を書いているのは奇しくも別の節句の日なのですが、そこらには触れずにいきます。

3、言うまでもなく一番最初の奇素数ですね。
人間は本能的にこの数字がすきなようです。いちにさん、、ワンツゥースリー、アンドゥートロー、アインツバァイドライ、イーアルサン… まあ、何でも好いですけど、こんな感じです。
花札でも123は菅原、表の三光、裏の赤短、このブロクでもことあるごとに触れています。

ところがね、音楽の世界においては3という数字は完全に人工的なものなんですよ。
三拍子というのは自然界には存在しない。ほら、「いちにさん」ではなく「いちにのーさん」と四拍子で数えるでしょうが。
だからこそ、三拍子というのは逆に耳に心地よく響くわけで多くの佳曲が三拍子で書かれるわけです。
残念ながら、日本の民謡には三拍子は殆どありませんけど。

せめて「歌はこころの音楽」ということで、万葉集でもみてみましょう。
巻三.二七六、高市黒人の歌。

   妹も我(あれ)も 一つなれかも 三河なる 二見の道ゆ 別れかねつる

妻。
羇旅の歌、ということでございますのでおそらくは「旅先の妻」ということだと思います。
そうでしたねえ。当時の結婚観を踏まえなければなりません。

二見が現在のどこであるにせよ、黒人は二股道に立って、1,2,3を重ねた即興の歌で別れを惜しむ、すると妻も同じく1,2,3で答歌するわけです。

   三河なる 二見の道ゆ 別れなば 我が背も吾(あれ)も ひとりかも行かむ

と、この言い回し、



羇旅=タビですね

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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