池田亀太郎 − 窃視趣味『出歯亀』の語源となった植木職人

f8b88979.jpg彼が若妻殺人の真犯人であったか否かはここでは論じまい。
あくまでも出歯の亀吉の窃視願望のみを論ずることとしよう。

彼は女湯の覗きの常習者と伝えられる。
病膏肓で視姦症。述べてきたように、ここで倒錯がおこる。
即ち、性対象を覗くことにより十分に性的満足が達せられるようになり、対象と性行為に至る必要性がなくなるのである。
そういった意味で、窃視願望が講じた結果、強姦に至ったと言う法廷調書は合理性に乏しいといえる。
方向性とすれば、従来衣服を着けない状態を覗いていたものが、やがては何を覗いても満足を得られるようになる、通常の心理態度から遠ざかっていくのが多数例であろう。

実は論者にも少々嫌な思い出がある。
小学校のころであろうか? 木造の離れの雨戸に穴が開けられるという事件が起こった。
最初は虫か何かの仕業と思っていたのだが、どうも不自然だ。いぶかっているうちに警察が覗き事件の犯人を検挙したという情報を得た。
なんと、それなりの地位のある人物だったのである。
断っておくが、論者宅の被害は、離れの雨戸だ。穴をあけて覗いたとしても、女の裸体を覗けるわけではないのである。
つまり、この犯人氏、ともかく覗けさえすれば視野に何が飛び込んできても満足だったのであろう。
もし、これが浴室であったら、さぞやトラウマとなって残っていたことであろう。今思い出してもぞっとする。

と、ここまでは序論である。
実は本稿で論じたいのは、(裸体を)見られる側の女性の心理だ。
論者は先ほど、もし入浴を除かれたとしたらトラウマとなって残るほどの嫌悪感を催すと言った。
全く、そのとおり、一片の偽りもない。劣情を持って他人のあられもない姿と覗き見るなどという行為は破廉恥極まりないことだ。そのような行為をする男は、同じ人間として心から軽蔑をする。
だが、一方…

トップレスビーチの女性たち の稿において論者は、男女同部屋着替えに抵抗がないとも発言している。
それどころか、(合宿や修学旅行の際)混浴しても構わないとすら思っていた。
はしょったか? 順を追おう。

我が母校は伝統校だ。先輩たちの修学旅行のエピソードも多々ある。
まあ、公立校の修学旅行だ。その予算で泊まれる温泉宿の設備など押して知るべし。
(今では考えられないことだが、)その昔は、男湯女湯の別がないところに泊まることも少なくなかったとか。
で、いざ混浴風呂を前にしたとき…
平気で入るのは、むしろ女子の方なのだ。男子は大概部屋に篭ったっきり。
ある学年のときは、気の毒がった女子がいっしょに入ろうよと男子を誘いに行ったとか。

旅行のオリエンテーションでこのエピソードを聞かされたとき、自分たちも件の先輩たちと同じ行動をとるだろうな、との結論に至ったのが論者を含むところの女子班であったのである。
風呂に入るときは裸になる必然性がある。同じ異性に裸を晒すのであっても、劣情を持って覗かれるのとは天地ほどの差があるのだから…

これもまた本音。今でも混浴OKと思っている論者だ。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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