シャルル・ペロー − かの童話作家にみる17世紀欧州・サド花流考察

921a3354.jpg青髭でもよかった。
或いは、ペロー自身でも。
だが、ここは最も著名な赤頭巾の童話で論を進めるとする。

過去数回論じているように、よくよく読めば童話とは非常に残酷なものである。
とりわけ肉食人種主流のヨーロッパにおけるそれは。
殺したり殺されたり、食べたり食べられたり。
赤頭巾もその例外ではない。

先ずは、ヒロイン赤頭巾自身が生還できるというストーリーは、後の世のグリム兄弟の加筆によるものであることはご存知か?
ペローのそれも含め以前に書かれた赤頭巾においては全て、彼女は狼に食べられてしまいました、でエンドである。
もっともグリムの生還ストーリーにしても、狼の腹を裂くなどという残酷な話であるのだが。

幾つかそのほかにも。
赤頭巾が騙されて、おばあさんの血と肉をワインと干し肉として食べるシーン…
我が国のかちかち山にもある、このシーンはペローが削除したようだ。
同じく、ヒロインが一枚一枚服を脱いでは暖炉に放り込むというシーンも。
まあ、サロンの女性たちに読ませるために書かれたものである故、生々しい民話どおりにはできなかったのであろうが。
逆算的にいうなら一事が万事、中世欧州の民話伝話というのは非常に残酷なものであったという証である。

それにしても、何故に子供向けに残酷憚が語り継がれてきたのであろう?
赤頭巾のことで言うなら、その使用目的は戒め。
思えば。
かの地の母親たちは娘が年頃になると、この話を聞かせたのであろう。
軽々に知らない男について行くと、こんな目にあうのよ、用心、用心、と。

童話が神話と化してしまった現代IT社会に、ご用心。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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