五七の桐

五七の桐菊のカテゴリで、かしこきところの紋所は菊と繰り返してきました。
けど正確には、一六弁の菊と五七の桐、なんですよねえ。
ちゃんと、桐も入っていました。

五七の桐ですね。
つらつら調べるに、

>明治政府は、明治5年に大礼服(重大な公の儀式に着用した礼服)を定め(太政官布告「大礼服制」)、例えば勅任官(天皇が任命した官吏)は、その上着に「五七の桐」を用いることとされました。
>明治8年には、勲章の旭日章が制定され、デザインの一部に桐花紋が使われました。

そして、理由は、

>桐は、聖天子の出現を待ってこの世に現れる鳳凰という瑞鳥(めでたい鳥)の宿る木だといわれており、天皇のお召しものにも桐や鳳凰などの紋様が使われるようになったといわれています
>(はっきりとはしていませんが、一説によれば嵯峨天皇(786〜842年)の頃から使われているようです。)。

どうです、見てください。
桐は花札12ヶ月の最後を飾る月のテーマ植物、始まりの松と平仄を合わせるように、おめでたい植物を持ってきていたのですね。
あらためて完成度を感じさせます。

さて、終わりよければということで、再三ひいています万葉集は20巻4500余首の最後を飾るのは、家持のこの歌です。

  新しき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事 (朗詠)

因幡の国守としてこの地ではじめての雪の新年をむかえた家持は、この歌を最後に『歌わぬ人家持』になりました。

始めより先に終わりを持ってきたのは、『ミ○流へそまがり』、

と、この言い回し、



仕方がない、伏字付で一首披露しよう

を丸写ししました。
ん? 確か2度目。でも前は加筆部分だったなあ。
「某会員制サイトの管理人さん」って…ヤバ

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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