性欲とSMの関係について

 セックスとは「淫らな行為」になるのでしょうか? 未成年相手だとしても、そこに愛があれば、神聖な行為ともなりえるのではないかと、そのようにも考えています。

 別にどっちでもいいです。僕はどちらかというと、セックスよりもSMが好きという人間だから。魅力的な女性に出会うと、おつきあいしたいと思う前に、跪いて脚を舐めてみたい!とか思ってしまう。
(それでもやっぱり、未成年を相手にしては、いけないことだとは思う)

「よし口説いてみよう!」などというほどの勇気があったなら、「僕の女王様になっていただけませんか」とか「奴隷にして下さい」とお願いすることだろう。

 しかしそれは現実的ではないし、もちろん言ったことはない。ただ、一番最初になに思うかというと、つい性欲よりもマゾヒズム願望の方が優先的に、というかもう本能的に脳裏に浮かんでしまう。

 これって、やっぱりおかしい?んでしょうね。(← ビョーキだよっ ^^)

 フツーの人間として、つまり人として、生殖的なものよりも、アブノーマルな性欲、セックスに結びつかない欲求の方を求めてしまうのは、精神医学的にも問題があるとする学説も昔からあるようです。そういう意味では、罪深いのかもしれない。

 まァねェ〜... 性欲がないわけではない。

 男としてムラムラするもの はありますよ。

 セクシーな女性のダイナマイトボディーを見て純粋に「いいなァ〜」とは思う。だけど、それは美に対する視点であって、矛盾するようだけどそれほど いやらしい視線 でもなかったりする。少なくとも僕の場合は、必ずしも性欲やセックスに直接結びついてはいない。もちろん性欲と結びついたSMもあるでしょうし、それはそれでいいと思う。

 正直言うと自分でもよくわかりませんが、性欲とM願望は別物ですね、たぶん僕にとっては。さらに、マゾヒズム願望を刺激してくれる要素は、ごく限られた対象に向けられるのです。
 
 例えば、フィギュアスケートのミキティーは可愛いとは思うし、女性的な魅力を否定しませんが、彼女とは寝たいとは思わないし、虐められたいとも思わない。しかし荒川静香ちゃんにだったら、鞭で打たれたりしてみたい、とか思ってしまうわけです。(←バカだよね、実際... ^^)

 この場合、顔つきとか総合的なキャラクター(この場合氷上でのパフォーマンス性や体格など)が決め手となります。

 よくマゾヒズムで誤解されやすいのは、「あんたはマゾなんだから痛いのが好きなんだろう?」とかいう安っぽい台詞があるけど、これは本当に滑稽に聞こえる。

「あんたには頭だってなでられたくないですよ」と言いたくなります。

 いくら美人で魅力的でも、その人のマゾヒズム願望を満たす要素がその女性になければ、与えられる苦痛は快楽に転化しない。そもそも苦痛は快楽とはなりえないし、そう思えるのは精神的な側面がとても大きい。宗教の、殉教的なマゾヒズムは別にしても、変態性快楽至上主義のマゾヒズムには非常にデリケートな、メンタル的な要素があると思われます。

 性欲の場合は、相手は誰でもいいからとにかくすっきりしたいという純粋な欲求がありえる。身体だけが目当てみたいな。SMにもそういうのはあるけど、変態性マゾヒズムの場合には、「この人にだったらもうナニされてもいい!」と思えるぐらいの「愛」や「崇拝」の気持ちと結びついていると思われ、簡単に言ってしまえば、好みのタイプに虐められたいということになるのだと思います。

 なに言ってんだか ^^...



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花束を!
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