袁紹 (中国・三国) − この名門貴公子が嫌い抜いた宦官とは?

87be83d5.jpg阿部進の稿で触れた横山三国志。
吉川三国志の漫画化に際して、横山光輝が大幅に割愛したのが本稿・袁紹、或いは袁術の兄弟に関する部分だ。
副題に名門と記した。袁家は四代に渡って三公を輩出した名門である。
実際、物語としての三国志はその前半はこの兄弟を中心に激動するのであるが、割愛のため、後の官渡の戦いにおける「至弱をもって至強にぶつかる」のニュアンスが伝わってこなかった横山三国志である。
官渡の戦い、曹操と袁紹の直接対決…
至弱とは曹操のこと、至強とは袁紹のことであるのに。

さて、この二人が少年時代から交流があったことは興味深い。
例の花嫁泥棒の逸話を以って、袁紹のお坊ちゃまぶりを紹介してもよいのであるが、紙面の関係もある。
ここは、宦官皆殺しの逸話から入るとしよう。

霊帝の死後、紹は大将軍・何進に宦官の排除を諮るも、逆に何進を殺されてしまうのである。
怒った彼は宮中宦官の排除を目的に兵を動かす。
死者は誤って殺された者も含め2000人にも。
その折、宮中方には、男性器を晒して逃げた者もあったという。宦官でないことを明示したのである。
その折の曹操の反応だ。

「愚かなことを。騒ぎの元となった十常侍だけを討てば済むのに殲滅を図るとは。お坊ちゃまはしょうがないものよ」

とまあ、曹操の評価が即、後世史家の袁紹評である。
彼は、宦官という"性"が生理的に受け入れられなかったのであろう。
宦官… 去勢された官吏、日本を除く全アジアにあった制度…
食欲と性欲の二大本能の片方を封じられたが故、もう片方に異様にのめり込む。
物欲の権化となった宦官のためにしばしば政治腐敗を招いたのが中国の歴史、客氏の稿で論じた。
袁紹が彼らを嫌ったのは、こうした意地汚さもあったのではあろうが。
思うに文字通り『生理的』な部分を嫌ったのではなかろうか?
即ち、去勢されたが故に肉体的な変化を来たす。
声は甲高くなり、ヒゲが生えなくなる。

と、ようやく男女両性の中性化を論じたことがある本ブログの趣旨めいた論述に移れる。
昨今における男性のことを鑑みられたい。
男声の高音化、これは歴とした統計がある。そして、何よりヒゲだ。
いつの頃からであろうか? 男性がヒゲを蓄えなくなったのは。
かつては東西を問わず、男性はヒゲを蓄えるものであったのに。
更にここに、とりわけ日本における状況を加えれば? 下げ止まらない出生率、男性未婚率の恒常的増加…
つまりは、現代の男性は逆算的に宦官と化していると暴論できなくないのである。

そんな宦官化男性が思い描くフェムドム像が実態と乖離していたとしても、それは無理からぬことだ。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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