ここで小休止

本稿の一人称は『私』である。
前にも一度あったか? あのときは頭の体操の話だった。
つまり、この稿は論説はなし…
正直このところ、少々息切れ気味だ。
チャランポランにやればいいのであるが。いくら(日記形式である)ブログ(でサイト作りをしてる)といっても、何も毎日投稿しなければ規約違反になるというわけでもあるまいに。
やはり日付が飛ぶのは面白くない。損な性分のようだ。

さて、お世話になっている日本ブログ村に関してである。
左サイドバー下部にある設定をいじった。
これもまた正直なところ、ランキングが鬱陶しくなってきたので、もうこれ以上点数が入らないように設定しなおしたのだ。
いやいや、これもまた"これもまた"、私が気にならないといいつつも気になる損な性分であるせい、先様のせいではない。
実際、ブログ村さんは有意義に利用させて頂いている。アンケート項目なんか。
勿論TB、トラックバックがメインである。

そのTBなのであるが、どうも昨今の業界現況は(私のニーズからすれば)逆の方向に風が吹いている。
リンク言及というやつであるか。年初、我らがライブドアが導入したのを期に、各社に広まった。
困ったもの…

先ず受信の側から話せば。
私のように言及して欲しくない者は、もうTB受入には設定できないのである。
言及機能をoffに設定すればいい? 違う。
送信する側の立場になって考えられたい。私がonにしてるかoffにしてるかは、この人たちは知りえない、確実に送付したいと考えるなら言及せざるを得ないのだ。
「言及機能をoffにしてあります。だからリンクを入れないでTBしてください」と注意書きしろ? そんな物欲しげことが書けますかいな。何でそこまで。第一そんなことをしたら、定型商業目的を呼び込むようなものではないか?!
それ故、TB非受入で通すしかない、ここまで書けば意図は伝わろう。

リンク言及をブログ標準にすべしと主張する各位は、一体何を考えて?
いやいや、別に然したる興味があるわけではない。ただ…
言及派は自分たちの都合や美学を押し付けている、これだけははっきり言いたい。
都合を押し付けられた上に、それが正当だ、マナーだ、とまで言われたら腹が立ってくる。
と言うことで、送信の側に転じよう。

私のTB送信は、大体がコメントの代用だ。
即ち、概要欄を使いコメントを添えてTBをする。
その記事であるが、「そのコメントをしたのはこういった記事を書いている人間ですよ」ということを知らしめるに最も適したもの(既存記事)を使う。
事務用語をご存知の方には、本人確認のためにコメントではなくTBをする、と言えば一番よく伝わろう。
であるからして勿論、リンク言及などしたことがない、というよりは言及自体が馴染まないし、世間一般でいうところの『関係がある』という物差しには適わないかもしれない。
まずいか? マナー違反か?
仮にそうだとしても、私は専らTBのためだけに先方と『関係がある』記事を書き下ろすことなどせぬ。それならば、先方のコメント欄に書いちまったほうが早い。

ここで日本ブログ村の話に戻す。
これはざっと見た感じに過ぎぬのであるが、どうも「TBとは仲間作り目的のもの」と言う考え方が主流を占めているようだ。
もし、この方向が続くようならば、ご縁がない(なくなる)ということになってしまう。
いずれにせよ、余り面白くない話、これもブログがとみにSNS化しているという市況を請けてのことだろう。

ネット、いや正確に。インターネットとは如何なるものなのだろう?
居ながらにして世界中の図書館に… こんな意味合いだったか? このキャッチフレーズに惹かれ始めた私である。
勿論、セールストークということもあろう。建前と本音の話はいきよう。
ただ、私とすれば(知りつつも)正真正銘100%図書館目的でしかインターネットを利用していないし、これからも利用する気にはならない。
しかるに…

世のサイトを覗くに結局のところ出会い系サイト的な方向、折角ブログという手法を見つけて自らがウェブオーナーになればSNS傾斜という有様だ。
意外なことにネット空間というのは、むしろ日本社会的な構造であるということがわかった。
 
結(ゆい)… げにも厄介なる人間関係である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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