シドニー・シェルダン − 『かわいい魔女ジニー』の台詞「ご主人様」に昨今SM事情を写し出す

a970e998.jpg予てよりお読みいただいている各位には、お断りする必要もないかも知れぬ。本ブログは必ずしも、タイトルと中身が(内容的)一致する訳ではない。
時には論者別ブログの常套宜しく、随想風に展開をすることもある。
本稿も他聞にもれず、ということで、先ずは大阪府茨木市の女性連続監禁事件だ。

そうなのだ。残念である。
もし、本ブログが男女を問わないサディズムを研究する趣旨であったのであれば、文句なく、
『村本卓也 − 現代日本に出現したサード侯』
とでも題し、彼の心理分析をしたであろに。

一報を聞くだけで間違いないと断言できる。
最初はやさしかった? そのとおり。
既報のとおり、サド男性と言うのは並べてヤサ男なのである。
弱いやつ、だからこそ自分よりも弱いものにしか攻撃性をぶつけられないのである。確実に勝てる喧嘩しかしないのである。
この表現は女としては口惜しいのであるが、女みたいなやつ、と言い換えてもよい。

で、その女みたいな村本が好んだ二人称が「ご主人様」、副題にもしたジニーのそれである。

宇宙飛行士のトニー君は、どうしたことか宇宙ならぬ南海の小島にたどりついて、摩訶不思議な壺をみつけた。その壺から美しい煙と共に現れたのがなんと可愛らしい魔女のジニー。
あなたのそばならどこまでもと、とうとうトニー君の家までついてきてしまった。
なんせ魔女のこと、ちょっと可愛いウインクするだけで何でもかんでもお望みしだい。
さてどんなことにあいなりますことやら...。

そうか、この話では壺であったか? ランプであることも多い。
何れにせよ、シドニー・シェルダン原作の『かわいい魔女ジニー』はこんなコメディ、ヒロイン・ジニーはトニー君のことをご主人様と呼ぶ。
まあ、そうであろう。ランプの魔神の主人は所有者なのだから。
で、隷属関係にあったかである。

今、ランプの魔神と言った。
そう、これはシェルダンのオリジナルでもなんでもない。千一夜物語あたりにも多く例を見る伝承の類である。
ついでに書いておけば、ランプの魔神の名はジン、その女性形でジニーなのであるが、さておき。
同じランプの魔女の伝話でこんなものがある。

ここにおける『ご主人様』はとある国の王子、青年王である。
彼は、未熟な自分の教育係を魔女に命じる。
そんなある日だ。
厄介な国務のために、いらついていた彼は足元にじゃれ付いてきた子犬を蹴飛ばしてしまうのである。
途端に、指輪の下に激痛が。魔女のお仕置きである。
どうしてだい? と聞く王子に答えて、しもべである魔女、

「なぜ弱いものを苛めるのです? (強い弱いの話ならば)私はご主人様はより強い。今(その気になれば、この程度のお仕置きでなく)貴方様を殺すことだってできるんですよ」

かくのごとしだ。
ジニーにしたって、ご主人様・トニー君を殺すことなど手袋を脱ぐがごとくに容易いことなのだ。
隷属関係と支配(被支配)関係は、イコールに見えて微妙に違いがあるといえよう。

そこで、SMクラブなる悪所に通い『ご主人様ごっこ』をやっている面々だ。
いやいや、コンパニオンに「ご主人様」と呼ばせているほうではない。彼女たちを「ご主人様」と呼んでいるほうの彼らのことである。
まあ、分かってるとは思うのだが…

もし、それで女性に隷属している、異性を賛美しているとお考えならば、とんでもない間違いだ。
いわんや、これがマゾヒズムであると称するのであれば…

貴男がたは、村本卓也とよく似ている。一卵性双生児のようだ。
いや、これはとんだ間違い。
貴男がたは、村本卓也と全くの同類だ。
同じ人物が和服を着て現れたか、洋服姿なのか程度の、見かけ上の差異しかない。

掲示板サイトで、この趣旨を『遺作さん』に喋らしたのは、何を隠そう論者である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。