高橋お伝 − 日本最後の斬首刑に処せられた明治の猛女

07e0f891.jpg阿倍定を論じてから随分たった。
日本三大毒婦…
『明治一代女』花井お梅に加えた、もう一人の女性が本稿の主役である。
三大毒婦といわれるだけあって、彼女もかなり攻撃的な女性だ。

先ずは初婚の時の逸話である。
現行民法のように16歳の年齢制限はない。早熟だったお伝は14歳の時に宮下治郎兵衛の次男・要次郎を婿養子にとった。
まあ、これが婿養子を絵に描いたような温和な男、それをいいことに件の猛女、いやS女といったほうがよいか、が、鉄の長火箸でメチャクチャにブチのめすので三カ月で逃げ出したという。

そして最期、副題にしたように斬首刑に処せられるのであるが、その折も逸話を残す。
刑場に現れ出でたお伝のあまりの迫力に、さしもの首斬り浅も手元を狂わせてしまったというのだ。

さて、ここで考察するに。
一口に日本三大毒婦といわれるが、処刑されたのは彼女一人だ。
あまつさえ他の二人は、世の喝采を浴びることにすらなる。
この差は何ゆえなのであろう?

大胆に仮説するにである。
お伝が犯した罪は、生活費が欲しいが故の淫靡な売春と強盗殺人、他の二人のようにより大きなものに対し、持ち前のサディズムを爆発させたものとは温度差がある。
判官贔屓が日本人の気風、強い者を甚振らなければ、民草の支持も得られまい。

さてさて、連続殺人の猛女、平成の毒婦・畠山鈴香が今日、否認のまま追起訴された。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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