エカチェリーナ2世 − 夫・ピョートル3世を弑し帝位についたロマノフ朝第8代ロシア皇帝

9c33211e.jpg前稿でちらり顔を覗かせたロシア。これはヨーロッパの国である。
我が国よりも東にも領土を持つ国故、今ひとつしっくりこないところもあるのであるが。
少なくても本稿主役が生きた18世紀においては、他欧州諸国の分家筋にあたるヨーロッパ君主国であった。

エカチェリーナ2世…
多くを語られている人物であるので詳細には触れまい。
過去投稿で論じた北条政子や則天武后と同列に置けよう。我が子と我が夫の違いだけである。
さて政子武后の折には、サディズムにあらずの文旨であったのだが、時間の経った本稿ではもう少し踏み込もう。

原始のサディズムとでも言えばよいのであろうか?
三者が三者とも攻撃性を具象化させている以上、かかるファクターは持ち合わせているといえる。
ただ、より典型的なサディズムに発展する前に、ベクトルの向きが少々違った方向へと進んだわけだ。
サディズムの有効利用というワードが頻出する本ブログ。
エカチェリーナたちの場合は、すでに原始の段階で有効利用したということなのである。

有効利用と断じて構うまい。
暗君ピョートル3世を廃して、ロシア帝国大発展に導いたこの女帝なのであるから。
男妾を何人囲おうと大きなお世話だ。やることさえやってくれれば、後のお楽しみはご随意である。
もう一つ。
彼女は「夫殺しはしていない」と主張しているのであるが、それはそれでよいではないか?
仮にエカチェリーナが手を下さずとも、或いは事実下してなかったとしても、大方は…
兎も角、歴史はかくのごとく流れたのである。

さて、副題をごらんあれ。
意識して扇情的なものとした。
週刊誌やスポーツ紙、或いはテレビワイドショーの常套手法を真似たというわけだ。
週刊誌等がかかる手法を常套する目的は言うには及ぶまい。
その弊害として言葉のインフレーションが各界に広まる。

これは少し前のこと。
どこぞの助教授が『パラサイト』なる言葉引っさげ論壇に登場し、センセーションを巻き起こした。
英語の専門家は顔を顰める。
そうだ。
パラサイトというのは原語圏においては忌み言葉ともいえる、とてつもなくきつい言葉なのであるから。

サディズム、マゾヒズム、フェチシズムといった(精神)異常をあらわす言葉が、日常茶飯で使われるようになったのも同様、こうした言葉のインフレに因するといえよう。
これが本稿提示の、2つ目の結論である。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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