田村御前 (愛姫) − 独眼竜政宗・正室にまつわる伝承より

25a63f31.jpgお馴染み、伊達政宗の正室である愛姫は田村家の出である。
当時、奥州は三春の地は、坂上田村麻呂を祖とする田村家により統治されていた。
小国といえど武門の名家。伊達家にすれば戦って切り従えるよりも、友好的M&Aで傘下におさめるほうがベターだ。
小説等によれば、この政略結婚は藤次郎少年(後の政宗)自身によりまとめられたものとされる。

愛姫… ご存知の方も多かろうが『めごひめ』である。
然るに、本当は『よしひめ』と読んだらしいのだ。
非常に愛くるしかった彼女は、「めご、めご」と愛称で呼ばれ、そのうちに本名になってしまったとのことだ。
もっとも、そのために政宗の母である『よしひめ』(既論)からは、「"ねんねえ"じゃ」と嫌われてしまったようだが。
さて、この愛姫こと田村御前には、裏話的な伝承がある。

なんと、奥州時代政宗として戦場に出ていたのは彼女だというのだ。
東北の暴れん坊・独眼竜政宗は、実は愛姫だった!
気弱で到底戦場になど出ることなど出来なかった夫に代わり、この良妻は知られざる武力を行使し近隣諸国を次から次へと切り従えて行った…
こういう伝承である。

まあ、伊達政宗という人は年を経るに従い、俄然体制寄りの人物になっていく。
福島・加藤らから、ごますり大名と揶揄された壮年期からは、若い頃の暴れん坊の片鱗すらも伺えない。
そうしたことから、奥州時代の政宗と関が原以降のそれとは別人だったという説も出てくる。
これに、武勇の母・最上御前や田村麻呂の田村家のイメージが結びついて、独眼竜愛姫説が生まれたのであろう。

人形のように愛くるしくて、なおかつ武勇の人であるか?
卑近な言い方をするなら、スーパーアイドルだ。
いや、悪くはない。同性からみてもひかれる。
こうした伝承が世の東西を問わず各地にあるということは、(強い)女性は女性の(姿かたち)ままで強くなければならない、ということであろう。

強女萌えと巨女萌えとは全く異次元の偏愛心理、再確認である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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