中京女子大学硬式野球部学生たち − 果敢に男社会に挑んだ彼女たちの心裏は?

0f17e602.jpgさて、阪神甲子園球場で高校野球の歴史的死闘が繰り広げられた2006年8月20日。
本日はアマチュア野球がらみが論題に相応しかろう。

表題のごとく、この春に大学野球の世界でも、ちょっとした話題があった。
大学硬式野球リーグ戦への初の女子チーム参戦であるか。
結果は周知のとおり、創作と現実とのギャップをまざまざと見せ付けられた。

日本における女子の硬式野球というのは存外に歴史があるもので、既に戦前から行われていたようである。
そして、一番の隆盛は戦後やや国情が落ち着いてきた頃であった。
理由としては、一つには進駐軍の持ち込んだ男女平等の思想。土佐日記ではないが、男がすることなら女でも、という訳である。
今一つの理由は、絶対的な男手不足。そう、まだまだ日本に引き上げてくること適わぬ青壮年男性が多かったために、国内における男女比はいびつになっていたのだ。
まあ、これが旧情に戻るにしたがい、女子の荒事スポーツもまた下火になるのだが。

荒事と言った。
軟式ならいざ知らず、あの硬球というのは…
中学のころであった。
検定試験のため、地区では名門となる野球部のある高校をおとがった折、論者は球に当たった事がある。
いや、キャッチボールの球がそれてぶつかっただけなのだが、それでもあたった踵は瞬時に痺れてしまい、しばらくは感覚が戻らなかった。

野球守備の基本は、胸板に球を当てて前に弾くこととか。
だから、胸部発育期にある女子の硬式参入は認めるわけにはいかない、これが高野連の現行見解である。
あの折のアクシデントを考えれば、もっともなりと賛同する論者だ。
事実、中京女子大ナインも怪我人続出であった。
つまり、野球における女性が故のハンデは、体格体力差にあらず、体組成そのものという宿命的なものなのだ。中京女子大の苦闘はこれからも続くことであろう。
そういえば随分前。
纏足の過去投稿で「男の領分に入り込む女は阿呆」とまで断じたことがあったか。

とはいうものの。
彼女たちの選択は決して嫌いではない。
ありとあらゆるスポーツは元々は戦争、闘争心の昇華である。
(現在の価値観である)健康目的に逆行したとても、(この女性たちが潜在意識下に持ち合わせている)サディズムの捌け口となりうるなら逆行によるデメリット以上の価値はあるのではなかろうか。
更に加えるのなら、敢て女性に不向きなものに取り組むうとする反骨心、これもまたサディズムの有効利用だ。
少なくても、怪しげな場所でマゾ男と称する人種のために鞭をふるうよりは、はるかに健康的であることだけは間違いはない。

どうやらむしろ、その種のビデオで名を博している女性よりは、中京女子大学硬式野球部ナインのほうが余程女王様のようである。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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