新宿御苑と防災の日

越後菊さて、月が改まったところで、実日付の投稿をしてみましょう。
考えてみれば、一日の実日付投稿は立ち上げの時以来かな?
念のため繰り返しますが、このブログの投稿日付は記事の一部みたいのもので、原則として実際に寄稿した日付ではありません。
ですから、内容的に順番がいりくることになりますので注意してください。

ということで、花札9月テーマの菊は、かしこきあたりの家紋であることは、記事順では後日になるものの実は前に、何度か話しました。
実際、菊が家紋と定まった明治以降、かしこきあたりのお庭である新宿御苑で盛んに栽培されてたようですよ。
新宿御苑は明治,大正と昭和の前半までを通して日本国皇室の禁園でした。
菊花壇に関して言えば、明治11年(1878)11月16日,赤坂仮皇居に敷設した中菊篠作り花壇が,観菊会における最初のものとされます。
そして大正14年(1925)になりますと、それまで単独の花壇を構成していたものが、一花壇に統合され、やや規模を縮小しました。

なぜ、大正末期に?
2年前の、1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、、、

    頬の傷 皺となづめり 震災忌 (菊地龍三)

そうですよねえ。関東大震災の影響です。
これを忘れることなく災害に備えようと制定されたのが、9/1の防災の日ですね。
と言っても、防災の日のことは知っていても、関東大震災のことなどすっかり忘れていたという人も多いのでは?
まあ、龍三の句ではないですけど、体験した方々は、相当高齢になっていますから。
地震の恐ろしさは、関西圏に住まう人に聞かなければ知りえないのかもしれません。

そんな中で、僕が知ってることをひとつ。
意外な事実を述べましょうか。
地震の揺れなどは、高々1分間程度のものです。
ですから、地震「自身」の被害もまた高が知れているということです。
あ、言い方が悪かったかな? 原始時代なら大地震に襲われても今ほどの被害にはならないでしょう、と言えばちょっとは意図が伝わるかな?
火災、構築物倒壊、etc … 地震(災害)というのは、典型的な文明災害なのです。

しかも、関東大震災の八十余年前時とは比べようのない現在の情報網。
これが寸断されたとなったら、どんなデマが飛び交い、どんな二次災害三次災害が起きることか!?

天災は忘れた頃にやってくる、冒頭の句の句意じっくりと噛み締め、くれぐれも怠りないようにしようではありませんか?

と、この言い回し、



実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけになってしまいました

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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