仲秋の名月が待たれる今日この頃

手漉坊主さて、このブログでは例外となる実日付での投稿です。

すっかり、秋めいてきましたよねえ。
諸所に虫の声。野山も、ススキの穂が主役となりました。
ちょうど花札8月の光景です。
そう、今年も後一週間で、20点札のあの光景、仲秋の名月を見ることができるのですよねえ。

…いやいや、冗談ではありませんぞ。実日付で今日は8/8。
但し、ってことで、或いはお気づきか? 旧暦の8/8です。
じゃあ、普通に使っているところの暦である新暦では?
うん、書きましょう。9/29ですよ。

如何です?
新旧暦では、これだけ季節の差があるんですよ。
ああ、今年は8/15仲秋の名月は10月になってからなんですよねえ。
そこを踏まえたところで、この記事の仲秋の名月ネタを鑑賞して貰おうと思って、書き出しました。

今日は、お隣の国のほうをいきましょうか。
うん、前にも一回やったか。では、もっともポピュラーな中国古典である三国志から。

三国志の「作者」として、吉川英治、陳舜臣の次辺りに、横山光輝氏をあげる人も多いのではないか? 僕の言葉ではありませんよ。どっかで見ました。
我が家のライブラリーにもあります。
弓月光マンガと同様、別棟資料館ではなく、ちゃんと母屋に収納されてました。

ただマンガってのは嵩張りますよね。
横山三国志、実に六十余巻。
大体、吉川三国志に沿ってかかれてますけど、僕の興味のある袁兄弟の話などは大幅にカットされちまってますし。
逆に吉川三国志になかった場面で入ってたのは、2-3箇所だけだったかな?

成都攻略の折、どうしても劉備に下らなかった雒城城主・張任。
後生の人がその忠節をたたえた詩が取り上げられてるのが、そのひとつでしょう。
披露します。


  烈士豈甘從二主 張君忠勇死猶生 
  高明正似天邊月 夜夜流光照雒城

 烈士 豈に甘んじて二主に従わんや
 張君が忠勇 死すとも猶(なお) 生けるがごとし
 高く明らかなる 正に天辺の月の似(ごと)く
 夜夜 光を流して雒城を照らす



と、この言い回し、



もうひとつの三国志?

を全文丸写ししました。
えーい、毒食らわば皿までだ!

お隣の国の8/15

八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九 八月十五日の夜、禁中に独り直し、月に対して元九を憶ふ

銀台 金闕 夕沈沈
独宿 相思うて 翰林に在り
三五夜中 新月の色
 二千里外 故人の心
 渚宮の東面 煙波冷やかに
 浴殿の西頭 鐘漏深し
 なお恐る 清光 同じくは見ざらんことを
 江陵は卑湿にして 秋陰足し

この白楽天の七律も、八月十五日とは10/6のことである、と頭で置き換えて読むと季節感がわいて、心に響いてくると思います。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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