改暦と改元

越後任天牡丹では、6/6に、もう一稿入れましょう。
しょっぱなから、とはいうものの…
奇数月ならゾロ目は節句になりますけど、偶数月はなにもなしですよねえ。

 ろくーがーつ むいかに 〜♪

なんて歌もありますけど、続きは「雨ざあざあ降ってきて」
別の月のテーマ(異称)になってしまいますよ。
ホントに、投稿数の伸びない牡丹の月です。

再び、とはいうものの。
そうです。わざわざ書き始めたということは、ちゃんとトピックスを思いついてるのです。
今日はまた、6という数字にまつわる話をしましょう。

えーっと。
このブログでも再三にわたり登場する旧暦です。
これは、いつまで使われていたのでしょうか?
答え、明治5年(1872年)12月2日 (旧暦)まで。
その翌日の明治6年(1873年)1月1日から、グレゴリオ暦(太陽暦)に改暦されたんだそうです。

これに関しては、面白い裏話がありましてね。
旧暦のままでは明治6年は閏6月があるもので、月給制に移行したばかりの政府が13ヶ月分の給料を払うのを避けるためにバタバタと改暦してしまったとか。
閏月…
本年・平成18年(2006年)に閏7月があったことについては、投稿日付では後になるいくつかの月で、既に話しています。

13ヶ月分の給料については、別にも面白い話があるんですよ。
年号の改元です。
ねえ、明治45年は大正元年。もっと細かくに言えば、明治45年7月は大正元年7月。
このときも、明治の7月月給と大正7月月給を別個ふた月分、払わなければならないのか? という議論があったとかなかったとか。

まあ、今になれば、月給と言うものがそれだけ定着してなかったということを示す史実として受け止められることです。
昭和64年1月 = 平成元年1月 の時に、同様の話がありましたか?
おっと、おっと、いけない、いけない! 僕の年なら当然知ってますよねえ。
きっぱり、ありませんでした。

そうです。そうです。
戦後のサラリーマン黄金時代のことだって、当然知ってますわな。
いやー、植木等の無責任社員は面白かったなぁ。

ああ、ああ、いつも取り上げている万葉集、そのものずばりの唄を歌ってましたよ、あの人は。

  永六輔 作詩 中村八大 作曲・編曲

   流行歌 万葉集

(朗詠)世の中は空しきものと知る時しいよいよますく悲しかリけり

 千年以上も昔の男が
 今と同じよな愚痴こぼす
 なんとかしようよまるで同じじゃ
 サルに顔向け出来ないよ

(朗詠)ますらをや片恋せむと嘆けども思のますらをなほ恋にけり

 千年以上も昔の男が
 今と同じよな片思い
 いやじゃありませんか当ってくだけろ
 磯のアワビじゃあるまいし

(朗詠)銀も金も玉も何せむに虚れる宝子に如かめやも

 千年以上も昔の親父が
 今より立派な育てぶり
 学校の成績あてにはならぬ
 夢のある子が宝もの

(朗詠)万葉集読んでつらくおもんみた植木等の学のあるとこ…
                      なんともはや

えーっと、取り上げてない歌は、

  ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜のますらを なほ恋ひにけり

巻2・百十七番 舎人親王の歌ですね。
流行歌〜では『思』の字を使ってあるシコですけど、本来は『醜』が多いようです。(原文『鬼』)

大の男がうじうじしてて、と親王は思いのたけを舎人娘子にぶつけたのですね。
而して、

   嘆きつつ ますらをのこの 恋ふれこそ 我が髪結ひの 漬ちてぬれけれ

「当ってくだけろ」でしたか。
うーん、現代に生きている古典!
で、落としたいのですがねえ…

以上、少なくても昭和の時代までは恋愛に関しても「現代に生きている古典」であったことを再確認した

と、この言い回し、



おお、昭和! 古き佳き日々

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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