議員やマスコミが襲撃されると必ず「民主主義への挑戦だ」と声高になる輩が現れるが

このブログこそ、シリアスに決めてやろうと意気込んで書いた前の記事ですが、ついつい又悪い癖が出てしまいました。
気を取り直してもう一稿続けましょう。

ここ数日のこと内外の凶悪事件勃発を請け、またぞろテロという言葉が新聞TVで飛び交ってますよねえ。
今朝も、江川紹子の糞ババアがラジオで吼えてましたっけ。
「(単に銃器犯罪として認識するにとどまらず)民主主義への挑戦として受け止めなければならない」
なんて。
相も変わらず大上段構えで金儲けするいけ好かないババアです。

江川紹子って?
ほら、オウムのときにいたでしょう。
早大卒の新聞記者出身ジャーナリストということで、職業も学校も僕の先輩になるらしいのですけど、間違ってもよくは言いたくありません。
何が「単身オウムと戦った」ですか?!
教団と喧嘩別れしてきた女とタイアップして「私は彰晃に犯された」と焚き付け記事を書き、エロ週刊誌に売り歩いていた食い詰めが、いつの間にかこのような評価を受けるようになってしまいました。
そうそう。
オウム放送華やかだったころに見たとって置きの話を紹介しましょう。

ダーキニあの教団の女信者には、「ダーキニー」のつく宗教名が多いですよね。
ワイドショー司会者は当然のこと、オウムウォッチャーなるものである江川に意味を聞きます。
ダーキニー…
ああ、ヒンドゥーの女魔、或いは女神だ。仏教でいうとこの荼吉尼天
まあ、ワイドショーのことですから学術的な説明など不要。単に女神という意味だ、と答えれば十分でしょう。
実際江川紹子も最初の頃は、そう答えてました。

ところが、ある時を境に。
あろうことか、それはメガネって意味だ、なんてのたまうようになったんですよ!
何でまた?
多分なら、こういうこと。
初めのうちはワイドショースタッフは、正しいカンペ(カンニングペーパーを略した業界用語)を出していたんですよ。
ところが、江川が次第に有名になるにしたがって、敵も出来てくる。その息のかかったスタッフが出鱈目のカンペを出すようになったんでしょうね。
…これ以上何をか言わん、あまり脇道ばかりでもなんですから、ここらで本題に入ります。

実際のとこ、物騒な事件が続く昨今です。
今、この原稿を書いている時点でも、また新たな事件が。
何か、都下町田市で拳銃立て篭もり事件が進行していると報じられていますね。
本当に不思議なことに類似事件というものは、えてして連鎖発生をする傾向のようです。

過日、海の向こうの某米国で銃乱射事件がおきたと聞いた僕は、「野蛮国はヤダね」などと構えてたのですが。
意外に思いました? 英語かぶれの僕がこんな感想を書くなんて。
タネを明かせば僕の外国語かぶれは、外人女王様とSMプレーがしたいがためのものであって、本音の部分の国際観はこんな程度なんです。
おっと、戻しまして。その翌日のことでしたよね。
何のことはない、我が国においても、かの銃社会のことをとやかく言えないような凶事件が起きてしまいました。
ご存知のとおりの、長崎市長銃撃射殺事件です。

先ずは、亡くなった伊藤一長氏に心よりのお悔やみを申し上げるとともに、そのご冥福をお祈りいたします。
その上で、この稿に於きましては、善悪とかモラルとかを超越したところでの愚見を述べさせていただくとことします。
そのための舞台として、このBlogを選びました。

今回の事件。
冒頭で触れたように、このような行為をテロと位置づける人たちがいます。
僕は、これはテロとは似ても似つかない行為と思うのですが、この点においては争うつもりはありません。
何故ならば僕は、テロを悪とは思っていませんから。
少しもです。これが先ほど述べた人たちとは180度考えを異にするところなのですが。

人の価値観というのは十人十色、これは方々で述べていることです。
ですから、人が集まるところでは必ず価値観の衝突が起きます。
そして生まれますのが、アウトサイダーという存在…
うーん、この先は先の都知事選の某候補に先に言われてしまったのですけどね。
而して、アウトサイダーの逆襲がテロと呼ばれる行為になるというわけです。

正義ではありません。
しかし必ずしも、義がないわけではない。義さえあれば人をして、善悪を超えたところで共感を覚さしめることもあります。
例えば僕は、昨年をおきた加藤紘一・元自民党幹事長宅の放火の堀米正広さんにある種の共感を覚えたと、前稿で話しました。
ああ、後先になりましたが、あの事件は僕もテロだと思います。
何故ならば、あれには一貫した主義主張がありました。
その主義主張に殉じた姿勢に、所詮は現体制の物差しで測ったに過ぎない善とか悪とかを超えた処で、僕は感じ入ったのです。
主義、イズム、テロイズム…
こういうことです。

城尾哲弥話を戻すに、今回の被疑者・城尾哲弥にはそれがありませんでした。
加藤宅放火事件や、或いは昔くしくも同じく長崎市長が狙撃された事件とは、全く事情が違うといっていい。
そもそもの襲撃理由が、唯の私怨とのこと。
しかも、金銭がらみのトラブルであって、到底主義主張とは言えるものでなく、義に乏しいものです。
それに、飛び道具で背後から襲ったやり口が卑怯だ。
せめて襲撃後に自決したというであるなら、百万分の1くらいは認めもしますが、奴は抵抗らしい抵抗もせず捕まっている。
これでは、共感を覚える者があろう筈はありません。

そして本稿の、もうひとつのキーワードは銃でしたね。
これもまた、キーワードにしてはいけない言葉でしょう。
銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのです。

これに関して思い出した処を少々。
胡桃沢耕史『OL博徒』にこのような台詞が出てきます。

「(拳銃を渡しておくけど)お嬢、勘違いしないでください。(敵に捕らわれて辱めをうけそうになるという)最悪の時の自決用に渡しておくのです。
こんな物では人は殺せません」

銃では人など殺せない…
将しく、そうでした。
城尾容疑者は長崎市長を殺そうとした、けど市長を殺すことはできませんでした。
不幸にして、流れ弾に中った伊藤一長氏という方が命を落とされました。
しかし、長崎市長は死ななかった、脈々と生き抜いていらっしゃる。
そうです、彼が仇と付け狙った長崎市長という職位の人は俄然世間の追い風を受けることとなった。むしろ凶賊に力を貰ったといっていいくらいです。

願わくば。
私利私欲のために、パワーアップしたその市長を担ぎ出すものが現れ出ないことを。


と、この言い回し、



城尾哲弥よ、見苦しい! 何故潔く果てなかった?!  

を丸写ししました。
…やっばり、僕ってこれし…か…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! sato8644@yahoo.co.jp(ミユ)様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | 真・テロイズムに花束を!
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