しょうがない発言


 マゾヒズムという性癖は変態的でありながら、それでいてどこか普遍的なものにも感じられます。こんなことを言うと、自分のしょうもない性癖を正当化するかのように聞こえるかもしれませんがそうではありません。例えば、こちらはサディズムの話になりますが、子どもの頃、好きな女の子につい意地悪したくなる気持ちというのは、それほど特殊とは言えなかったでしょう。むろん、好きなのであれば、親切にするのがノーマルであるというのであれば、好きな相手に奉仕したいとか、奴隷になってみたいと思うのは、これはこれで自然な流れだと思うのです。このような気持ちが直接マゾヒズムやサディズムに結びついているとは言わないまでも、何らかの関連性はあるのでしょう。愛情表現の極端に発展したかたちが、支配したいとかされたいという心理とともに、精神的に辱めを受けたいとか与えたいとか、肉体的苦痛を受けたいとか与えたいとかいった感情に結びついていくように思われるのです。

 もっとも、その気がまったくない人には、やはり理解できないことなのかもしれない。マゾヒストの立場から言えることで、そうでない人にとっては意味不明に聞こえるでしょう。立場やものの見方の異なる人との相互理解には難しいものがあります。相手にわかってもらえないことが明らかな時は「しょうがない」ものだと思うしかない時もあります。

 説明が難しい抽象的な気持ちを「しょうがない」という表現で片付けることは容易ですが、それではなんの解決にもなりません。無理に正当化はしないまでも、この言葉を使わずに個人的な気持ちぐらいは表現してみたいものだと思っています。


posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。