クラフト・エビング

 マゾヒズムという言葉の起源が 「毛皮を着たヴィーナス」の作者マゾッホであることはよく知られていますが、その名付け親ともいえるクラフト・エビングの名は意外と知られていないのかもしれません。

 この人は19世紀後半に活躍したドイツの精神医学者で、フロイトより以前に性的倒錯に関する研究をしていました。彼は当時の西洋においてほとんど犯罪視されていた同性愛を病理学的立場で擁護し、学会から総スカンをくらっていたのか、その先駆的、革新的な功績がしばらく黙殺されてきたような印象です。さらに彼は、宗教的精神、特に殉教の心理をヒステリーやマゾヒズムと関連づけたことで物議を醸し、カトリック教会からも反感をかっていたようです。

 日本では明治時代に彼の代表作ともいえる「変態性慾心理」が出版されましたがすぐに発禁本となりました。その後大正デモクラシーの時代の波に乗って「変態」という言葉が日本で初めて流布されるきっかけとなりました。今でも翻訳本が入手可能ですが、理論的な解説部分がカットされ、患者の臨床例やポルノティックなエピソ−ド集のような構成になっていて、著者本来の主張が歪められたかたちになっています。この書物は当初一般読者による俗物的な読み方から遠ざける意図でラテン語で著されていましたが、日本では不幸にも低俗な読まれ方が先行してしまったようです。 

 エビングの考察は、純粋に学術的な視点から行われており、同じ文脈からマゾヒズムやサディズムについても語られています。百年以上も昔の因習的偏見がはびこる世の中で、実に勇気ある研究と主張をしていたものだと感心させられます。異常性欲の詳細な分類と目録を作成するプロセスの中で、同時代の著名な作家であったレオポルト・フォン・ザッヘル・マゾッホの名前から「マゾヒズム」という言葉を世に送り出しました。症例や現象としては紀元前から人間の営みとして記録が残る「マゾヒズム」という概念を、わかりやすく命名し記述した功績ははかりしれないものがあります。

 いや、それよりなにより、変態性欲や倒錯を、人間固有の普遍的な側面として扱おうとする姿勢に共感するとともに、感動すら覚えるのです。


posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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