喜多玲子



 喜多玲子とは往年の「奇譚クラブ」の名編集者として知られる須磨利之の別名。竹中英二郎や高月大三というペンネームも使っていた。須磨は当時大阪で発行されていた「奇譚クラブ」を去り、東京で「裏窓」を発行後、美濃村晃という名前でも小説や記事を書いたり、誌面の企画や構成、グラビアの緊縛師などといったかたちで活躍し、1970年代のSM雑誌ブームを支えた。

 この頃発行されていたSMセレクトは、他のSM雑誌と比較すると、ややM男性向けの記事や写真にウエートがおかれていたように思う。カラーで女王様とM男系グラビアがしばしば掲載されたほか、須磨が喜多玲子の名前で発表したイラストの中にも、鞭を持った女性が男を虐めるという作品がみられた。奇譚クラブ時代にはモノクロの挿し絵だった喜多玲子の筆致が、カラーで再起動する。



(SMセレクト 1971年8月号より)

 S男性が主な読者層であるメディアで女性緊縛図を描く一方、このように男性マゾヒズムをきちんと満足させてくれるイメージもしっかり提供してくれていた。須磨のバランス感覚というべきか、M男性へのやさしい気配りと言うべきか。実際のところ須磨をよく知る関係者からの伝え聞くところによれば、この人にはMッ気もあったらしく、執筆された原稿からもマゾヒストでなかったら書けないような心情も吐露されている。

 そうはいっても、喜多玲子といえばやはり女性が責められる「責め絵」ということになり、 責め絵集 なるサイトもあるくらいで、ファンは多いようである。

 責め絵の巨匠・伊藤晴雨は喜多玲子(=須磨利之)の師匠筋にあたるのだが、伊藤の画風よりはモダンなタッチに加え、「責め」つまりサディズム側の視点からよりも、マゾヒズムをよく理解した筆致が、より多くの、マニアックな支持を得た理由ではないだろうか。女性緊縛図を見て喜ぶS男にも、自分と置き換えてマゾヒスティックな妄想をかきたてるM男にも、充分堪能することが可能な世界が描かれている。


posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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