「土下座」考



 ウィキペディアによると、土下座とは「日本の礼式のひとつで、極度に尊崇高貴な対象に恭儉の意を示したり、深い謝罪、お願いの意を表す場合に行われる」とある。確かに英語には直訳の単語が見当たらないし、様式としては日本独自の行為・文化なのかもしれない。しかし西洋社会になかったかというとそうでもなく、イスラム教の礼拝では土下座よりも激しく平伏するようなモーションで行われている。何かに対して畏敬の念を現したり、崇拝、感謝、恐れといった表現形式には、跪いて手をつき、お辞儀するように身をかがめるという行為は、洋の東西を問わず世界的に行われていたであろう。国王や君主の前で土下座のようなスタイルで服従の意を示す臣下や兵士たち。ただ、日本の場合は、土下座への意識的な抑制が、つまり土下座することを恥とする文化が独自に発達していたような感じがする。

 武士にとっては恥をかくくらいなら死んだほうがましという風習があって、死にも匹敵する「恥をかく行為」すなわち土下座することで自分の過ちや罪を許してもらおうとする意識が生まれたのではないだろうか。近年は、土下座さえすればたいていのことは許されるような雰囲気もあるようだが、ある意味で土下座が大安売りされているような印象ではある。本来土下座は、よほどのことがない限りしてはならないはず。そのよほどことを、最近の政治家や企業の経営者はしているのかもしれないが...

 ただ、現代社会においては、まともに、そして平和に暮らしていれば、日常生活の場で土下座するチャンスは一般庶民には滅多にないだろう。それこそSMクラブで女王様にご挨拶する時ぐらいではないだろうか。それだって今では平凡なサラリーマンのストレス解消の手段としてもはや普通のレベルだったりして。
 
 いったいどこまでが「普通のレベル」なのかは意見のわかれるところだろうが、まあ、乳首に針刺したり、スカトロまでやっちゃう人に比べたら、女王様の前で「土下座」するなんてママゴトみたいなものだと思う。

 ただ、ヤラセ的にやる土下座にも、やはり神聖な気持ちで恭しく、そしてしっかりとした「羞恥」も感じていなければ、「正しい土下座」とは言えないような気がする。あまり軽い気持ちで土下座はしたくない。土下座に対して失礼になる。そしてその崇高なる対象にも。

 土下座の伝統を正しく守り、後の世にも継承してゆかねばなるまい。滅多にできない、ステキなアクション。それが土下座の魅力である。


posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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